"東京 FOR TOKYO"
Drawing
1997年
271x383mm
ビルは如何様に壊れるか、その破壊の表現について従来は想像に拠る所が大きかった。この作品から災害写真を資料として活用する様になった。但しこの頃は建築構造に弱く、RC造とS造の描き分けが出来ていなかった。
CB型ホンダ・アコードは当時大手町にあった自工会図書館にてパーツを確認、113系車両の破損具合は92年の踏切事故を参考にしたりと、調べて描く事を意識した初期の例となった。タイトルはこの電車の行き先表示が由来。
この絵は93年秋に製作を開始し、描いては棚上げを繰り返して足かけ4年で完成した。完成年に比して参考資料が古いのはこのため。96年にほぼ現在の形となったが加筆の余地は残して置きたいので定着剤を噴かずに寝かせてあった。結局殆ど手を加えぬまま97年を迎え完成と判断した。

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